こんにちは!ドッグスリング専門店の黄瀬(@tommykise)です。
「被災ペット」収容がパンク状態、300匹の飼い主見つからず…研修室や車庫を使っても追いつかない
県によると、一度目の大きな揺れがあった4月14日から8月26日までに飼い主とはぐれ、県動物管理センターと県内10カ所の保健所で保護した犬は634匹、猫は877匹にものぼる。
去年4月14日の熊本地震、たくさんの犬猫達が家族を失いました。いつどこで地震が発生し誰が被災してもおかしくない状況の今、真剣に我が子を守る方法について調べたいと思いました。
そこで、今回は1995年1月17日に起こった「阪神・淡路大震災」で犬3頭と猫1頭で被災された、ドッグトレーナーでもある福岡さんにお話を伺いました。
さて、大切な我が子を守るためには何が必要なのでしょうか?
さっそく本題に入ります。
1. リード・首輪胴輪はそこら中に置くべし
揺れがあったのは、朝の5時46分52秒。福岡さんと犬3頭、猫1頭は2階の寝室で寝ていました。突然の強烈な揺れ。
福岡さん「もう上も下も分からなくて、ベッドの上でトランポリン状態でした」
しばらくは何が起こったのかも分からないまま、部屋の外を見てみると向かいの家2軒が倒壊。お隣さんが「大丈夫ですか??わたし達逃げます!」という声を聞いて、はじめて逃げないと!と思ったそうです。
まず一番に頭に浮かんだのはリード。犬達と一緒に逃げなければいけません。しかし、リードを置いているのは1階でした。福岡さんは下に降りようとしましたが、家全体が捻れてしまったので、中央に位置していた階段の幅が50cmぐらいになっていました。なんとか1階に降りたものの物が散乱、足の踏場もない状態でした。
リードがあるのは勝手口。壁に3つのフックがあり、リードを3本かけていたはずが1本無く、どうしても見つかりませんでした。ノーリードで逃げるわけにもいかず、奇跡的に見つかった猫用の細いリードを付けました。
福岡さん「1箇所だけに置いてもどっかに飛んで行っちゃうので、見つからないんです。鏡が壁に突き刺さっていましたからね。首輪、リードは新しいものを買っても古いのは捨てずに置いといてください。フックにかけるだけでは飛んでいってしまうので色んな棚の引き出しになおすか、どこかに固定しておくなど、とにかくあらゆる場所に常備しておいてください。」
地震発生直後、犬達はすっかり怯えていました。もともと神経質だった1頭は福岡さんにぴったりとくっついて離れません。その後避難所では分離不安になり、福岡さんがいなくなるとパニックになっていたそうです。他の2頭は反応は遅いものの、こちらの言うことを聞ける状態でした。
2. 寝室には何も置かない
福岡さん「1階は棚が倒れ、収納していた物は全部横にすっ飛んでいました。もしそんな状態で寝ているとどうなっていたのか分かりません。」
2階の寝室に物がなかったおかげで、犬猫にも怪我はありませんでした。
3. 車があったので犬猫の寝床が確保できた
福岡さん「車は家から少し離れたところに駐車していました。ぐちゃぐちゃに傷がついていましたが運良く動いたんです。」
車に犬猫を乗せてそこら中の道が陥没している中、近所の両親の家に行き全員で近くの小学校に避難しました。
体育館に行くと入り口の靴脱ぎ場にはすでにシーズー2頭を連れた女性が場所を確保していました。玄関の床はコンクリートで、風は吹きざらし。一応屋根がある程度でした。福岡さんは1ヶ月半を小学校で過ごされましたが、その女性は寒い中で2頭と毛布にくるまりながら必死に愛犬達を守っていたそうです。福岡さんは何度か「体育館の奥に入られませんか?」と声をかけたもののずっと遠慮されていたそうです。
福岡さん「両親と夫は体育館で過ごして、わたしと犬猫達は車で過ごしました。ガソリンが少なかったため、エンジンをかけて暖をとることはできなかったので本当に寒かったです。それでも車があったからこそ犬猫の安全を確保できました。寒かったですが犬と猫の体温はぬくかったですよ。あと、地震発生前まではまさか自分が被災するとは考えていなかったので車種は2ドアのジェミニーでした。狭い中犬猫達ときゅうきゅうになって過ごしました。」
避難所では犬や猫に対して嫌悪感を抱く人はいなく、「せっかく助かった命なんだから」とおっしゃっていたそうです。
4. ペットフード・水は買い溜めるべし
福岡さん「避難後、何か食べられるものはないかと思って近くのスーパーやコンビニに行きました。皆さん気持ちは同じで、背に腹はかえることができず、すでに何も残っていませんでした。」
そんな中、奇跡的にも犬猫のペットフードは確保できたのです。
福岡さん「なんでか知らないんやけど、お正月にあれがないこれがないとか困りたくないので、ドライフードや犬猫用缶詰とか2ヶ月分を買い溜めていたんです。」
しかもフードは、潰れなかった階段の下の押入れに入れていたためなんとか掘り起こすことができました。
小学校に避難後、2-3日で水のみが届けられました。その後も水分は配られたのですがお茶だったり、ジュースだったりと日によって違いました。
これも幸運なことに、福岡さんの両親が2リットル6本入りを6ケース分買い置きしていたため犬猫の水が確保できたのです。
福岡さん「少し状況が落ち着いてくると、どこからともなくやって来た人がポリタンクに入った水道水を5,000円で販売していました」
また、フィラリアや常用薬があれば必ず多めに用意しておくことも大切です。
5.サランラップは便利だった
福岡さん「フードボールなんかどっかにぶっ飛んで見つからなかったんです。なので割れなかった人間用の器を自分の家から拾ってきて使いました。」
水がなく洗えなかったため、器にサランラップを敷い使っていました。
6、クレートに入れば安心する子にしておく
参照元:flickr
地震発生後、1月26日に迷子犬猫のために神戸市動物管理センターがビニールハウスのシェルターを用意ました。福岡さんはちょうどガソリンも手に入ったということもあり、散歩ボランティアに行きました。
センターにはすでに約200頭以上の犬達がいました。
簡易シェルターの中でクレートが段積になっていて、犬達の様子はパニックで騒然。福岡さんはその光景に唖然としたそうです。
市の職員だけでなく、一般の人が犬を確保してはクレートの中に入れて彼らを保護していました。全員で協力して散歩をしたりご飯をあげたり、とりかく各自ができることを精一杯していました。
しかし、犬の中にはクレートの中でパニックになる子、落ち着かない子、触らせてくれない子がいました。ただでさえ人が足らない状況だったため、こちらが何かしてあげたくてもできない子は残念ながら亡くなっていきました。
福岡さん
「常日頃から、クレートに入るっていうだけでストレスにならないように練習しておいてください。他の犬が居てもクレートの中に入れば自分の空間で安心できる、落ち着ける、ぐらいの感覚を犬に教えといてほしいです。また、もし飼い主さんと逸れたとしても善意の人には触らせるぐらいのしつけはしとかなあかんと思います。あと、多少フードが変わっても、これでいいです!ごちそうさま!って食べられるぐらいの根性をつけといてほしいです。」
7、犬に連絡先をつけておく
福岡さん「マイクロチップを入れていても機械がなければ読み取ることができないので、なんせどっかに携帯番号を書いといてほしいです。たくさんの犬猫が運ばれてきましたが、どこの子なのか全く分かりませんでした。」
8、最低限のしつけをしておく
福岡さん「どんな場所でもわんわんぎゃんぎゃん言わずに落ち着ける、待て、おすわり、呼び戻しができるようにしておいてください。」
避難してからは幸いにも犬猫に対して悪く言う人はいなかったそうです。「せっかく助かった命やもんね」というのが合言葉のようになっていました。多数の人と共同生活をする上で最低限のしつけができていれば、周りの人に迷惑をかけずに心地よく空間を共有できるだけでなく、我が子を守ることにも繋がりなります。
まとめ:
福岡さんが手伝いに行ったシェルターでは、
結果、最後の1頭まで里親さんに引き取られていきました。
また、後で知ったそうですが家から徒歩10分圏内では140人もの人が亡くなっていたそうです。
福岡さんは小学校で1ヶ月半滞在し、その後知人の知り合いの別宅で半年間過ごしたのち、仮設住宅に引っ越しました。家を建て直して元の場所に戻ったのは地震があってから約2年が経ってからでした。次回はここに焦点を当てて記事を書きたいと思います。
インタビューを機会にこんな本を読みました。
東日本大震災で大津波に襲われた岩手県釜石市の小中学校の子供達は、生存率が99.8%でした。その理由や心構えについて書かれてありました。